iPad mini 第5世代で、通勤の読書が快適になった

通勤中に読書をしています。2019年のはじめ頃から、スマホのKindleアプリで、本を読むようになりました。5月にiPad miniを購入しまして、スマホの頃よりも断然、快適な読書ができるようになりました。

今回は、第5世代のiPad miniを通勤で使ってみた感想をまとめます。iPhone と iPadをすでに持っている人には、miniの役割についても解説できているかなと思うので、参考になるかもしれません。

スマホ読書の問題点と、iPad miniに求めていたスペック

私はiPadを検討するには十分すぎる問題を抱えていました。私は誌面レイアウトのKindle本をよく読むのですが、このタイプの本は文字のサイズを変えることができません。スマホで読むと、字がとてつもなく小さくなるので、非常に読書がつらい状態でした。さらに、マルチタスクでメモアプリを起動した状態でKindleを読んでいるので、画面が小さいことは非常に深刻な問題でした。

紙面レイアウトの画像
誌面レイアウトの本は字が小さい(iPhone Xとほぼ同じサイズのHUAWEI P20 liteで表示した場合)
マルチタスクの画面
小さい画面でのマルチタスクは、作業がかなりつらかった

要するに、iPad miniに求めたスペックは以下のようになります。

  • 軽いこと、通勤時など持ち運びしやすく、片手でも持てる
  • マルチタスクでメモアプリを使える
  • Kindleアプリで誌面レイアウトの本を表示したときに、字が読める

3点とも事前に確認できたことが、購入の決め手だったと思います。

実際に使ってみてどうか

求めていた条件は、いずれも解決されました!

300グラムは片手で持てる

とにかく重くない。スマホ2台弱の重さなので、非常に軽いです。片手で持つには、しっかり手を広げて背面全体を支えるか、ベゼルをしっかり持てば可能です。小さいから、混んだ電車で使っても邪魔に感じません(満員電車では使いませんが)。

電車内で手で持っている様子
片手で持てる

マルチタスクでも操作は快適

iPadのマルチタスクはとても便利。Androidのスマホでマルチタスクをしているときよりも、操作快適。Kindleアプリからメモアプリのコピペもできるし、結構便利。

マルチタスク
マルチタスクが左右の分割で、しかも左右入れ替えられるので結構便利。

字も大きくなって読みやすい

技術書やビジネス書など、もとの誌面サイズがA5やB5くらいまでの書籍であれば、iPad miniでも十分読める文字サイズです。雑誌サイズとかになると、ちょっと字が小さく感じます。

普通にPDFを見ているかのよう。横画面にすると見開きで読めるものもある

iPad miniを購入するときに最も心配していたのが、「結局スマホで読んじゃうのでは?」「使わなかったらどうしよう」だったのですが、そんなことは全くなく、毎日使っています。本業・副業のための勉強も捗るようになって、通勤中の読書が、かなり快適になりました!

まとめ

iPad mini 第5世代を買って1ヶ月が経ちましたので、その使用感についてまとめました。iPad miniは、数字のスペックはもちろんiPad Proよりは劣りますが、携帯性・携行性を求めるシチュエーションでの体験は、iPad miniが他のどれよりも勝っていると感じます。特に、私のように通勤で電子書籍を読んでいる人には、めちゃくちゃオススメです。


余談: iPad Proも魅力的だったが、混んだ電車で使うにはつらそうだった

通勤中に周囲を見渡すと、10.5インチのiPadや、12.9インチのiPad Proを使っている人も見かけます。ただ、やっぱり大きいんですよね、そして重そう。

座席に座ってiPad Proを横向きに持ちながら絵を描いていた人は、両サイドの人と腕がぶつからないように肩身を狭くしていました。描きづらそうだったし、あと目が近い、よくない。

座席に座って、iPadを縦に使って漫画を読んでいた人は、目の前に立っている他の乗客の邪魔になっていました(そもそも座る姿勢が、前かがみだったのも良くないと思ったけど)。やっぱり、ちょっと大きいんですよね。

iPhoneなどのスマホと、iPadなどタブレット端末を持っている人にとっては、iPad miniは、そのスペックが中途半端に感じられるかもしれません。しかしながら、それぞれ最適な利用シーンが違うかなと感じます。

  • スマホ → 移動中、軽微なタスク処理
  • タブレット → 屋外や外出先(デスクの上、安定した立ち姿勢、混雑していない環境)、ジョブ遂行
  • iPad mini → 散歩中の公園のベンチ、混雑した電車、不安定な立ち姿勢で、軽量のタスク処理

つまり、ちょっとした散歩中にも創作活動を手軽にやりたいみたいな人とかには、オススメです。iPhone・iPadどちらも持っている人にとっても、iPad miniはおそらく棲み分けできるので、オススメです。

それでは。

開発後記があるアプリがあったら知りたい

今日、ふと思いついたのでツイートしてみました。

数件のいいねが付いたので、僕としては、いい反応が得られたという感触。コピペで会社のSlackにも投稿してみたところ、1件の反応が得られました。

小学生の頃読んでいたゲーム雑誌の、編集後記のコーナーが毎月楽しみだったという経験もあって、こう考えたんだろうと思います。なぜ楽しみだったか、「人を感じるから」だと思います。

軽微な修正でまとめがちだった

スマホアプリのアップデート版をリリースするとき、そのバージョンのアップデート内容を管理画面に入力します(ストアに表示される)。大きな機能追加があれば書きやすいのですが、ちょっとしたUI改善や機能改善の場合は「軽微な修正を行いました」でまとめてしまいがちです。

そもそも、このように書く理由は、書いても伝わりにくいし、技術的なことをかいてもユーザーには難しい、と考えているからですね。しかしながら、どのバージョンも、見えない頑張りをたくさん含んでいます(アプリの安定性の向上であったり、ちょっとしたUIのこだわりだったり、調査用のログ入れましたとか、たくさんの改善や努力を含んでいます)。そういう人間味のある部分を、もっとアプリで主張しても良いと思うんですね。

アプリも人が作っていると、感じてもらいたい

どんなプロダクトであれ、作っている人のことを知ると、もっと好きになることがあります。アプリも同じ。自分がいつも使っているアプリの開発者に会えると嬉しいし、話を聞いたらもっと好きになります。アプリの世界観やビジョンに、もっと共感できるようになります。

逆の立場も経験しました。イベントでアプリのユーザさんに会えると嬉しかったですし、会ってお話をして、自分のアプリをもっと好きになってもらえたという経験があります。

アプリそのものは無機質なデジタルデータです。でも、その先に作っている人がいると感じると、どういうわけか、最近アプリどんな感じかな、久々に起動してみようかなと、アプリを人っぽく感じられるようになるんじゃないかと。

これを、実際に対面で会えなくても人を感じられるのが、編集後記ならぬ「開発後記」だと思うんですね。

ブログやポッドキャストだったら?

最初のきっかけは、こうでした。反省会をしたい→公開したら面白そう→ポッドキャストいいかも→アプリの中に仕込んだ開発後記とか見たこと無い。

ブログやポッドキャスト、すごくいいと思うんですが、できればアプリに来てほしい。アプリをアップデートして、どこが変わったの?ってワクワクしてほしい。何が変わったかわからなくてもいいけど、なんかこだわったんだな、って感じてもらえたら嬉しい。


おそらく実装することは無いかもしれないけど、個人で作っているアプリだったら、実装してもいいかなーと思ってます。

分報、5日間やってみて。周囲と自分の変化。

自分の仕事について、社内でも意外と知られていないという理由から、ひとまず分報を初めて見ることにしました(前回の投稿)。5日間やってみて、をまとめておこうと思います。

周囲の反応と変化

全体共有のチャンネルに雑にポストしましたが、好意的な反応でした。その雑なポストには、4件のリアクションが付き、その後、社内の4分の3くらいが自分のチャンネルにjoinしてくれました。なお、無理にjoinしてもらうほどでもないので、それ以降はとくに呼びかけはしていません。

分報をはじめてしばらくは、僕が投稿するたび、社内の誰かの携帯のバイブが鳴っていました。ちょっと恥ずかしかったのですが、それも数日すると通知を切ってくれたようで、鳴らなくなりました。徐々に、分報との距離感がつかめてきたんじゃないかなと思います。

リアクションの付く投稿は、徐々に固定化されていきました。最初は、いろんな人が、投稿にリアクションを付けてくれていましたが、僕も雑なつぶやきを続けるのもあって、リアクション付くものと付かないものが、はっきりしてきました。実装中に困ったこととか技術的な内容にはリアクションはつきにくく、スキマ時間でデータ可視化した投稿には、いくつかリアクションが付く感じ。

自身の変化

自分の分報との距離感にも変化がありました。初日・2日目は、めちゃくちゃ投稿していたのですが、3日目以降は徐々に投稿が少なくなっていきました。5日目は、なんと5投稿でした。投稿が減ったのは作業に集中していたから。ですが、もう少しつぶやきは増やしたほうが良さそう。思考の可視化・オープン化もしたかったので。

(番外編) 野良データ分析のスキルが上がった

アプリのビルド中などスキマ時間を使って、野良データ分析をやっていたのですが、分報に投稿したいがためにスキルが上昇しました。「野良」と言っているのは、分析チームがあるにもかかわらず、僕が遊びでやっているから。

前職でも使っていたJupyter Notebookを使って、pandas、numpy、scikit-learn、matplotlibを駆使し、自分なりの視点でデータ分析をして可視化、分報に投稿しています。最初はビルドのスキマ時間だけだったのですが、徐々に、1日のうち1〜2時間使うようになってきました。気をつけようと思っていますが、結構面白いので、毎日これくらいの時間を継続したいかもしれない。

まとめ

ひとまず、これからも分報、継続しようと思います。たまーにWebのこともつぶやいたりして、Web担当のエンジニアがリアクションしてくれたりして嬉しかったりします。そういうのをきっかけに、人々に自分のことを知ってもらう機会になったらいいなーと思っています。

分報を始めた頃は、野良データ分析を始めたばかりで、ポストしやすいところを作りたかったのも理由のひとつ。いや、むしろそっちのほうが大きな理由だったかも、今思うと。

分報、始めてみました(1日目)

分報やってみる

今更感はありますが、巷では分報が流行っているらしく、日報や週報ではキャッチしきれない、仕事のリアルタイムな進捗がわかると評判です。自分専用のオープンなチャットルームで、遂行中の業務で考えたことや困っていることをつぶやくことで、周囲の人が手助けしやすくなったりするとのこと。前職の会社では、新卒のエンジニアがSlackの分報ルームを作って、先輩社員とやり取りしていました。今勤めている会社では実施している人がいなかったので、とりあえず自分から試してみることにしました。

自分のタスクさえシェアできていない

始めようと思ったきっかけは主に2つ。隣りに座っている同僚から「いま何のタスクしてます?」と聞かれたことと、エンジニア以外の社員から「いまなに担当してるんでしたっけ?」と聞かれたこと。もうちょっと、仕事を共有する必要があるなと感じました。隣の同僚とは、GithubのIssueにタグつけたりして、今やっていることを可視化する工夫もしたりする(先に始めたのは同僚だった)けど、エンジニア以外の人には、どうも理解してもらいにくいなと感じていたので、ちょうどよいきっかけになりました。

とりあえず1日、こっそりと

「分報はじめました」と社内のSlackに投稿する前に、そもそも自分がやったらどうなるのかを見てみたかったので、とりあえず今日1日、オープンなチャンネルを作りつつも、こっそりやってみることにしました。

今日つぶやいた分報は、以下のような感じでした。

  • 今日のタスクを整理
  • タスクの方針を投稿
  • 読んだ記事に感想つけて投稿(共有ルームは別にあるけど、そこに出すほどでもないもの)
  • 困っていること
  • 業務とは別で個人的にやっていることを曝す
  • 他の人への感謝とか褒めたり

おそらく20投稿くらいしました。

自分の仕事をあえて曝すメリット

まず、思考の整理ができる点はメリット。普段はテキストエディタにタスクの方針を書いたり、仕様をまとめたりしていますが、これを敢えてSlackに曝すメリットは大きいと思いました。仕事の方針を事前に共有できるし、仮に投稿に気づかれなかったとしても、思考の過程を説明する材料になる気がしました。

あとは、業務とは直接関係ないけど、いろいろ試していることも共有できます。日報や週報では落としがちな、スキマ時間で試していることとかも、Slackの分報なら気軽に投稿できてちょっと幸せになります。

最後は、社内へ周知

とりあえず1日やってみたので、最後は社員へ周知します。思いきって投稿しました、 #times-suzuki 見に来てねって。

はっきり言って、自分の仕事を曝すとか結構ハードル高いです。10人ちょっとの人たちにでさえ、一部でも自分の頭の中を曝すとかマジ勘弁という感じでした。周知した直後は、ちょっと手が震える感じでした。

反応は……そこそこ?とりあえず、リアクションはついたし、続々とチャンネルにジョインしてくれたので、たぶん大丈夫。とりあえず3日試してみて、様子見てみよう……。

そして、この投稿も、せっかくなのでTwitterに曝してみよう。。。

妻娘が帰宅

北海道の実家に10日ほど帰省していた妻と娘が、家に帰ってきた。娘を連れた旅行は初めてだったので、僕もついていって最初の2日間を一緒に過ごした。1週間ぶりの再会。

娘は見ない間に、身体が大きくなって、ちょっと大人っぽい顔になって帰ってきた。色んな所にでかけたり、色んな人に会ったり、たくさん歩いて、すこし成長したのか。

仕事から帰った僕を見た娘は、恥ずかしそうな仕草をしていた。帰省する前みたいに、帰ったときに喜んで飛びついて来ていたのが懐かしい。